2019年子ども・子育て支援法の改正案が可決され、2020年10月1日から3歳から5歳の保育無償化が始まりました。この影響を受けて、近年では3歳から保育園・幼稚園に通うことが当たり前になってきました。
それと併せて「幼児教育」という言葉が注目されるようになってきています。
しかし「幼児教育」という言葉だけを聞くと「早期教育」や「詰め込み教育」、「お受験のための教育」というような言葉と混同してしまうこともあります。
今回は保育士の私が「幼児教育とは何か」「どういったことがいつから必要か」ということについてお話していきたいと思います。
幼児教育とは何?意外と知らない国が定めた意義と役割
幼児教育という言葉を聞くとあなたはどんなことをイメージなさいますか?「英会話に通わせる方がいいの?」「幼稚園のお友達はスイミングスクールに通っていて…」と「幼児教育=習い事」と考えて悩まれている方も多いでしょう。
こうした誤解を解くために、まずは文部科学省の資料『子どもを取り巻く環境の変化を踏まえた今後の幼児教育の在り方について(中間報告)』から幼児教育の意義と役割について触れた文書をご紹介します。
『子どもを取り巻く環境の変化を踏まえた今後の幼児教育の在り方について(中間報告)』
第2節 幼児教育の意義及び役割
この幼児期の発達の特性に照らした教育とは,受験などを念頭におき,専ら知識のみを獲得することを先取りするような,いわゆる早期教育とは本質的に異なる。
子どもを取り巻く環境の変化を踏まえた今後の幼児教育の在り方について(中間報告)(案) 文部科学省)
(中略)
幼児は,身体感覚を伴う多様な活動を経験することによって,生涯にわたる学習意欲や学習態度の基礎となる好奇心や探究心を培い,また,小学校以降における教科の内容等について実感を伴って深く理解できることにつながる「学びの芽生え」を育んでいる。
(中略)
このように,幼児教育は,次代を担う子どもたちが人間として心豊かにたくましく生きる力を身につけられるよう,生涯にわたる人間形成の基礎を培う普遍的かつ重要な役割を担っている。(※1)
難しい言い回しが多いので理解しにくいかもしれませんが、少しずつ噛み砕いていきましょう。
まずこの文書において文部科学省は「お受験」を念頭に置いた専門的な知識を詰め込む早期教育を否定しています。
その上で幼児に必要なのは多様な活動を体験することを通して「学ぶ力」の基本となる好奇心や探究心を培うことであり、小学校以降の学びの基礎を育むものが幼児教育であるとしています。
そして、幼児教育は子ども達が人として心豊かにたくましく生きる力を身につけ、人間形成の基礎を養う上で重要な役割があると締めくくっています。
幼児教育とは何か?2つのエピソードから見えるもの
概要が分かったところでここからは具体例を考えてみましょう。幼児教育を考える2つのエピソードをご紹介します。
<リトミック教室の生徒>
ある日、私が当時3歳の娘とエレベーターに並んでいた時のことです。その建物は3階でリトミック教室をやっていて5歳くらいのスクール生達が2組、親子で後ろからやってきました。
エレベーターの扉が開き、3歳の娘に「降りる人が先だから待っていてね」と言おうとした瞬間、後ろから猛スピードでそのスクール生達が乗り込んできました。娘はぶつかってよろけてしまい、慌てて支えました。
その子達は謝ることはなく、親御さんも世間話に夢中でした。
<砂場で出会ったお受験幼稚園の園児>
当時2歳だった娘と砂場で遊んでいると近所で有名なお受験幼稚園の子ども達が2人やってきました。
その子達は娘が使っているおもちゃが気に入ったらしく、2人がかりでおもちゃを取り上げようとし、勝手に遊具の方へ持っていってしまおうとしました。親御さん達は集団で楽しく談笑されていてこちらには気付いてくれません。
「これはこの子のものだから勝手に持って行かないで一緒に遊ぼう?」と言いました。すると拗ねて娘のおもちゃを砂場に投げつけていきました。
その後も何度も勝手におもちゃを持っていこうとしたので、談笑されているお母さん方にお話に行きました。親御さん達は驚いた様子で謝って下さいましたが、子ども達は特に知らん顔でした。
どちらも世間的に見れば子どもの教育にしっかりとお金をかけているご家庭なのだと思います。専門的な教室に通い、受験を突破し、一般的には賢いと言われる子ども達であることも事実です。
しかし、子どものためにいくらお金をかけて教育をしても、人の気持ちを考えること、マナーを守ることを大人が教えていなければこうしたことにもなり得ます。
私自身も保育士で母親なので、子どもとはワガママで自分勝手な存在であることは体感しています。
ですが、たとえ3歳の子でも大人の働きかけがあれば「順番を守る」「人に優しくする」ということはある程度可能です。
幼児教育というのは「特別なこと」をすることではない
幼児教育というのは何も専門的な知識を教えることが全てではありません。挨拶やマナー、人の気持ちを考えるなど生きていく上で大切なことを教えるのも幼児教育です。
お金をかけてスポーツができ、勉強もでき、IQが高くなったとしても、こうしたことができていなければ、いずれ人として孤立し、周りから嫌煙されてしまうことにもなりかねません。
「子どもだから分からない」ではなく「子どもに伝わるまで伝え続ける」
お母さんの中には子どもに注意することに辛い気持ちを抱く方もいると思います。子どもへの働きかけは一定のパワーと継続が必要なのでお気持ちは分かります。
でも「まだ○歳だし分からないよね…」と伝えることから逃げていてはいけないのです。
テーブルの上に足を上げたり、勝手に人のおもちゃを取ったり、順番を守らなかったりそうしたことは100%分からなくても子どもに「何がいけないのか」「どうするべきなのか」伝えていく努力は大切です。
仮に全てが理解できるようになってから伝えても「前は怒らなかったのに!」と子どもは混乱してしまいます。
もちろん、注意してすぐに子どもができるようになるわけではありません。
ですが、その継続した努力が、子ども達にこれから人と関わっていくための基礎を作ることを忘れないで頂きたいのです。
「いつから」ではなく「今から」できる幼児教育がある
幼児教育はいつからではなくて、今からできることがたくさんあります。
挨拶やマナーは子どもが小さくても言葉がけをすることや、親が見本を見せることもできます。
また、子どもの好奇心や探究心を伸ばすことも意外と手軽にできます。
例えば、虫が好きだという子には網とかごを一緒に持って虫取りに行き、昆虫の絵本を図書館から借りてくるとワクワクして本を開いてくれます。
工作が好きだという子なら、折り紙を半分に折って三角や四角に切ってみるだけでもどんな形になるのかとても面白いでしょう。
おままごとが好きな子なら、ポテトサラダを作る時に過熱したじゃがいもを潰す作業をするだけで十分楽しいですし、オクラの切り口が星型だったらビックリしてくれます。
好奇心や探究心はこうした日常の中にこそたくさん眠っているものなのです。
幼児教育は大人の意向ではなく「子どもの興味」を発見することが第一歩
幼児教育で最も気を配っていただきたいのは「子どもが今何に興味を持っているか」ということです。
例えば、保育現場の保育士さんは今クラスの子ども達が何に興味を持っているか判断して保育案を考えます。
クラスでどんぐりを拾うのが流行っているなら、どんぐりの歌を歌ったり、拾ってきたどんぐりで工作を行ったり、どんぐりが主人公の絵本を読んだりして子ども達の世界を広げていきます。
幼児教育という言葉が先行すると大人はつい先取りで知識を与えようとしてしまいます。「将来英語で苦労しないように英会話教室に」「数字が分からないと困るから幼児教室に通おう」というのsはその典型でしょう。
しかし、子どもが興味を持っていないのに英語教室に通っても楽しくはないでしょうし、数字が好きでないのに無理矢理教えられてももっと嫌いになってしまう可能性もあります。
幼児教育とは子どもの興味を見つけることがスタート地点なのです。
お母さんが全てを抱え込まなくても教材が世の中にはたくさんある
幼児教育について色々お話してきましたが、お母さんの中には「でも私やっぱり子どもに注意するのは苦手だし…」「子どもの興味が分かっても何を与えたらいいか分からない…」という方は多いでしょう。
お母さんが全てを抱え込む必要はありません。自分の力で難しいことは違う方法を探せば大丈夫です。
例えば、躾やマナーに関して悩んでいるのなら「おやくそくカード」のような教材がおすすめです。こうした教材は「でんしゃやバスはしずかに」「きちんとならんでじゅんばんまとう」など日常生活で大切なことが、絵と一緒に書かれているのでマナーの理解に役立ちます。
絵が苦手だけど子どもに絵を教えて欲しいと言われたら「絵が上手くなる」というタイトルの本が本屋や100円均一に売っています。年齢に合った本を選べば、子どもでも自分で見て描けるように本が構成されています。
また、通信教育系の教材なら付録で工作ができたり、自然観察グッズがついてきたりして子どもの興味を深堀することに一役買ってくれます。
今は本屋にもネット上にもこうした教材が数多くあります。こうした教材を上手に使ってその子の興味に即した幼児教育の方法をぜひ考えてみて下さい。
▼関連記事
周りや情報に惑わされず子ども自身と向き合う幼児教育を
今回は幼児教育についてお話していきました。幼児教育という言葉を聞くととても難しいことのように思えますが、大切なのは目の前のお子さん自身を見てあげることだと私は思います。
今はたくさんの情報が手に入る時代です。世間では色々な教育法が流行っていてどれが正しいのか分からず困惑してしまいますよね。
そんな時に思い出して頂きたいのは「答えは子ども自身の中にある」というスタンスです。
水泳をすることで身体が強くなる子がいれば、そこの人間関係に疲れて体を壊してしまう子もいます。ピアノで自信が持てるようになる子もいれば、先生と合わず苦しんでトラウマになる子もいます。
何が正しいか迷ったら目の前のお子さんを見てあげて下さい。誰かの言ったことに流されることなく、お母さんがお子さんの興味や生活の様子を見てあげていれば、必ずその子にとって必要な幼児教育を見つけることができます。
たくさんの情報に負けず、使えるものを上手に使いながらお子さんと二人三脚で幼児教育の方向性を考えてみて下さい。
参考資料
※1 子どもを取り巻く環境の変化を踏まえた今後の幼児教育の在り方について(中間報告)(案) 文部科学省)
NHK 幼児教育と保育無償化へ 改正法成立 10月1日施行
https://www.nhk.or.jp/politics/articles/lastweek/17430.html