育児と向き合う

メンタルが弱い子供を「強い心」にする。アドラー心理学に学ぶ子育ての習慣

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この記事を書いた人
いしみほ さん【育児コラムライター】

社会福祉学を専攻し、保育士・幼稚園教諭の資格を持つ育児コラムライター。社会福祉学部では「家庭環境ごとの子どもへの支援の必要性」や「北欧各国の福祉と教育」を学んだ知見を活かしコラムを執筆。2人のお子さんを育てながら、執筆の他にハンドメイド作家(タティングレース、イヤリングなど)としても活動中。

子どもが幼稚園や学校に行くようになると、親から見て子供が「物事に対して消極的に取り組んでいる・メンタルが弱い」と感じる場面が出てくることがあります。

例えば「宿題を親が注意しないとやらない」であったり「せっかくピアノを始めたのにできないとすぐに泣く」あったり「運動するとちょっとのことで“痛い、痛い”といって逃げる」といったことです。

親から見るとこうした部分は “嫌なことから逃げてばかりで大丈夫だろうか…”と不安になります。

そして、ついつい注意をして子どもと喧嘩になってしまうようなこともありますよね。

しかし、その「注意する」という行為が逆にお子さんの心の成長を阻害しているとアドラーは説いています。

今回は子どもがどんな課題にも立ち向かえる「強い心」を持つために大切な子育ての習慣をアドラー心理学から学んでいきたいと思います。

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メンタルが弱い子供と“一人の人間として”対等に向き合う

まず、アドラーは子どもに“~しなさい”と注意することは、子どものことを「自分よりも下に見て自分の想いに従わせようとする操作の行為」であると厳しく指摘しています。

この言葉を聞くと“いや、私は子どものこと見下してなんていないし大切に思ってるわ!”と思われるお母さんがほとんどだと思います。

では子どもに対してなぜ「勉強しなさい」とか「真面目にやりさない」という言葉を言わなければならないのでしょうか。

そうすると“子供のためを思って言っている”“みんなについていけないと困るから”といった想いがあってのことだとお答え頂けると思います。

しかし、課題をしなくてはいけないのは“子ども本人”です。ですから本来は親が無理にやらせるものではないのです。

アドラーはこれを「課題への介入」と表現し、たとえ親子であっても他人の課題に踏み込むことはすべきではないとしています。

例えば、相手があなたの仲の良い自分の友人であったら「勉強しなさい」と指示するようなことはありません。

「やっとかないと困るかもよー」と忠告することはあっても、何が何でもやらせようと躍起になることはありません。

親の期待を押し付けで「子供のメンタルが弱くなる」

つまり「勉強しなさい」と指示するのは子どもを“自分よりも意思が弱い存在”“能力が低い存在”であると考えているということでもあるのです。

「子どものためだ」と思って口出ししていても、その心の裏には「宿題を完璧にこなす優秀な子ども」「努力を怠らない子ども」であって欲しいという“親の理想”を押し付けていることもあります。

これでは、本当の意味で「子どもと一人の人間として対等に付き合っている」とは言えないのです。

子どもと対等に付き合うためには“子どものことを尊敬し、一人の人間として対等に付き合うこと”が大切です。

尊敬とはつまり“信頼”のことであり、子どもには自分で解決する能力があると信じることです。

もし子供と対等に接しておらず、子どもに信頼している態度を見せていないとどうなるか。

親からの信頼を感じ取れない子供は自己肯定感・自尊心の低下につながってしまいます。

結果として「課題の介入が子供のメンタルを弱くする」ことにつながるのです。

“子どもへの尊敬”と“課題の分離” が心を強くする

「子どもの課題」と「親の課題」を分離し、そこに介入しないことが重要です。

アドラーはこれを「課題の分離」と表現し、自分の課題と他者の課題をきちんと分けることが、対等な人間関係を築くために欠かすことが出来ないと考えています。

子供との対等な関係を作るだけで、自己肯定感・自尊心が高まり「メンタルが強くなる」という家庭環境を作ることが出来ます。

自己肯定感の高いお子さんの家庭では、親子が自然と対等な関係を作れていることがほとんどです。

では、どういった基準で課題の分離を考えたらいいのでしょうか。答えは「この選択をした際に起こる結果を誰が引き受けるのか」という線引きです。

親子の“課題の分離”はどう線引きするか?

例えば、宿題が終わらずに学校で困るのは誰かというと、それは子ども自身です。

ですから、宿題は“子どもの課題”ということになり、親が介入していいものではありません。

しかし「子どもが宿題をやらないことに対するイライラ」は、お母さん自身が折り合いをつけるべき問題です。

そこで子どもに勉強をするように強要したり、注意したりすることは、自分のイライラを解消するために子どもの行動を操作する行為なのです。

「それなら宿題をするまで放っておけばいいのか」というとアドラーが指摘しているのはそういったことではありません。

つぎに親は何をしていけばいいのかを具体的に説明していきます。

親が“援助”することで 子供は強く育つ

親から子どもにできる教育というのは言葉を代えるなら“援助” です。

子どもの課題に介入することではなく「子どもが自分で課題に立ち向かえるように必要な知識を与えること」が親の行うべき教育なのです。

例えば、子どもがどの習い事をしようか迷っている時「そろばんにしなさい」とか「泳げるようにスイミングに行きなさい」というのは課題の介入です。

進路を選ぶ際に「あの学校にしなさい」「あそこは環境が良くないからよしなさい」というのも課題の介入になります。

しかし、子どもはその習い事で獲得できる能力や、進路で選んだ学校の可能性を“知らない”こともあります。

子どもが「知らない道筋」を伝えて援助する

「そろばんをすると計算するのが速くなって、算数の問題がスラスラ解けるようになるかもね」

「スイミングで泳げるようになれば、川や池に落ちた時、助かる力が身に付くよ」と伝えれば、子どもは習い事でどんな能力が身に付くのか想定しやすくなります。

進路の問題なら「あの学校は周囲に遊ぶ場所がないから勉強に集中できるよ」

「学校の雰囲気もあるからオープンキャンパスに行って肌で感じるといいよ」と伝えれば進路を選択する際の有効な判断材料を集めることができます。

そして、最後は子どもに選択の決定権を与えてあげるのです。親にできる教育というのはそういうことなのです。

メンタルの強い子供が育つには、失敗を受け止める経験も必要

“でも、全てを子どもに任せたら嫌いなことを避けてばかりの弱い子にはならないの?”という不安を抱くお母さんもいると思います。

責任感のあるお母さんほど子どものことが気になるので、そのお気持ちはよく分かります。

しかし、子どもがどんな状況でも対応できるようにするには「良い所も悪い所もあるけど自分のことが好き」という気持ちを持てるかどうかがとても大切です。

そのためには自分で選択した結果、失敗することを経験し、そのネガティブな気持ちを受け止めることも必要です。

「強い心」というのは挫折しないということではありません。逆に一度も挫折が無いというのは、一生懸命生きているならほとんど不可能です。

強い心とは失敗を経験し挫折しても、それを受け止め立ち直れるという“しなやかさ”を持っているということなのです。

能力を“持っているか”より“どう使うか”

アドラーは「大切なのはどんな能力を与えられたのかではなく、与えられた能力をどう使うか」ということが大切だと考えています。

これを子どもの性質に置き換えるなら、明るく社交的で勉強もスポーツも万能という子もいます。

一方、内気で勉強もスポーツも苦手だが、マンガやゲームが好きだという子もいます。しかし、そこには「優劣の差」はないのです。

親の期待を優先して欠点を埋めるようにと指示しても、子どもはできないとかえって自信を失ってしまいます。

親が“必要だから”といって強要し、子どもの能力に勝手に「優劣」をつけてはいけないのです。

強い心をはぐくむには「既にある良い部分をよく見る」

スポーツや勉強が苦手でも、マンガが好きな子はストーリーを作る力があるかもしれないし、主人公に共感する気持ちが高いのかもしれません。

どんな場所でも読めるなら集中力が高いという能力があるかもしれません。

親から見ると欠点のように見えることも、別の視点から見つければ、子どもの長所であることもたくさんあります。

既に子どもが持っている「良い部分」をたくさん見つけ、自信を持てるように活かせる方向を考える方が、欠点克服を強要することより何倍も大切なのです。

子どもが希望を見つける”メンタルを強くする”子育て方

子どもの課題に介入せず、見守ることを徹底しても、子ども自身が周りとの比較で苦しみ、心が弱って自信を失ってしまうこともあります。

そんな時には希望を見出す“援助”をして子どもの傷ついた心を励ますことが大切です。具体的な方法をここではご紹介したいと思います。

(1)良くない状況に「点数」をつける

アドラーは困難に直面した時「これからどうするのか」ということを最も大切に考えています。

ここでは分かり易いように一例を挙げてみます。
懸命にピアノの練習をしたのに、発表会本番で上手く演奏できずに子どもが落ち込んでしまった場面を想像してみて下さい。

<良くない状況に点数をつける方法>

  1. 子どもに「今日の発表会は10点満点中何点だった?」と聞く
  2. 「2点」など具体的数字が返ってきたら「2点だったのはどうして?」と聞く
  3. 子どもは「上手く弾けなかった」「手が震えて頭が真っ白になった」とネガティブな言葉を答えてくる
  4. 「でも、2点はつけてあげたんだよね。どうしてかな?」と聞く
  5. 「最初は全然弾けなかったのに最後は弾けるようになった」「一番練習したところは弾けた」という言葉が返ってくる
  6. 「一生懸命練習していたし素晴らしいと思う」「難しくても逃げずに頑張ったからそれでいいんだよ」と励ます

どんな状況も悪いことばかりではありません。失敗した経験も大きな学びになることだってあるのです。ですからお母さんは、どんな状況でも次の一歩へ踏み出せるような言葉を残してあげられるようにして下さい。

(2)毎日寝る前に良いことを3つ探す

慢性的に自分に自信がなくなってしまっている子は、ネガティブな感情のサイクルからなかなか抜け出せず苦しんでいることがあります。

<ネガティブな感情のサイクル>

“友達が自分を仲間に入れてくれない”

“きっと私の話し方が良くないんだ”“ダサイから駄目だんだ”

“私はどうしてこんなに悪い所ばかりなんだろう…”

こんな感情が終始頭の中を渦巻いていて、どんどん自分のことが嫌いになってしまうのです。こんな時に大切なのは、そのネガティブな感情のサイクルから抜け出す援助をすることです。

そこでおすすめなのは寝る前に「その日良かったことを3つあげる」という方法です。

良かったことは大きなことである必要はありません。「ご飯が美味しかった」「お風呂が温かくて気持ち良かった」というちょっとしたことで構いません。

子どもから上手く言葉が引き出せない時は、お母さん側から小さな幸せを話してあげるとハードルが下がり言葉にし易くなります。

どんなに辛かった日も悪いことしかないという日はありません。

ですから、気持ちが少しでも前向きになれるように今日あった“良かったこと”に気持ちが向けられるようにしてあげて下さい。

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アドラー心理学は「強い心」の基礎になる考え方

いかがでしたか?アドラーの言葉は私たち親にとってドキッとするような心理をついていることが多くあります。

「馬を水のみ場に連れて行くことはできるが、飲むのは馬次第である」という言葉があります。

これを親の立場で例えるなら、子どもが進みたい道を見つけられるように知識を与え、導くことはできても、どの道を選ぶのかは子ども次第だということです。

しかし、多くのお母さんは心配するあまり「あの水は美味しくない」とか「この場所は水を飲む景色が良くない」と子どもをあちこち引っ張り回します。

時には水のみ場に無理矢理子供の顔を押し込んでしまっているのではないでしょうか。

アドラーは「相手がどんな選択をしても、それを含めて相手を大切にできるか」ということが“愛の課題”であるとしています。

これを私たち親に置き換えるのなら、子供の課題に介入せず、子どもの選択を見守れるようにすることが“本当の愛”だとアドラーは伝えていると私は思います。

子どもは決して無力な存在ではありません。自分で判断を下し、自分で自ら選んだ道を歩んでいけるように経験することが大切なのです。

ですから、とても難しいことではありますが、私も親の期待を押し付けず、注意したい気持ちをグッと堪えて子どもを見守っていきたいと思います。

(※参考文献)

岸見 一郎 (著), 古賀 史健 (著)
岸見 一郎 (著), 古賀 史健 (著)
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